「猩々緋」はなぜ猩々?
伝統色の名前を「由来」から読み解く
猩々の血で染めたと噂された赤、実が口を開かないことにちなむ黄色。
伝統色の名前は、人物・動植物・地名・染め方という4つの由来に分かれます。
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伝統色の名前は、4種類に分かれる
日本の伝統色を由来別に見ていくと、「人物にちなむ色」「動植物にちなむ色」「地名・産地にちなむ色」「染め方の工夫にちなむ色」という4つの系統に大きく分かれます。今回はこの4系統に沿って、12色の由来を紹介します。
色の名前は、単に見た目を説明する記号ではありません。誰がその色を身にまとったか、どこから染料が運ばれてきたか、どんな手間をかけて染められたか——名付けの背景には、その時代の暮らしや流行が反映されています。同じ「茶色」「鼠色」でも、由来をたどると一色ごとに異なる物語が見えてきます。
人物にちなむ色
01
憲法色(けんぽういろ)
黒みを帯びた渋い茶色です。足利将軍家の兵法師範を務めた剣術家・吉岡直綱(号を憲法)に由来する染めです。吉岡家は将軍家の衰退後に豊臣秀頼へ仕え、大坂の陣での敗戦を機に剣術を離れ、家伝の染色を家業としました。個人名がそのまま色名になった、最も古い例のひとつとされています。
02
団十郎茶(だんじゅうろうちゃ)
赤みを帯びた渋い茶色です。歌舞伎の演目『暫』で五代目市川團十郎がまとった柿色の素襖に由来し、彼の絶大な人気とともに江戸の町で大流行しました。現在も市川家の襲名披露などの舞台で、この色の裃が受け継がれています。
03
利休鼠(りきゅうねずみ)
緑みを帯びた渋い鼠色です。江戸時代、茶人・千利休の名を借りて名付けられましたが、実は利休が生きた時代との直接の関係はありません。控えめで品のある色合いから「いかにも利休好みだ」と人々が連想し、広まったとされています。
04
承和色(そがいろ)
淡く沈んだ黄色です。平安時代の仁明天皇が黄色い菊の花を愛したことから、在位中の元号「承和」にちなんで名付けられました。天皇個人の好みがそのまま元号ごと色名として残った、珍しい例といえます。
動植物にちなむ色
05
猩々緋(しょうじょうひ)
鮮やかな深紅です。戦国武将は南蛮貿易で手に入れた緋色の羅紗を陣羽織に仕立てました。あまりに鮮烈な赤さに、人々は中国伝説の霊獣「猩々」の血で染めたのだろうと想像し、この名で呼ぶようになったといいます。
06
支子色(くちなしいろ)
赤みを帯びた黄色です。クチナシの実で染められ、名前は実が熟しても口を開けないことにちなんだ「口無し」の言葉遊びが由来です。平安時代には「言わぬ色」として和歌にもたびたび詠まれ、恋心を隠す歌の題材にもなりました。
07
鴇色(ときいろ)
淡い紫みを帯びたピンクです。特別天然記念物トキの、翼の裏側にのぞく風切羽の色に由来します。『日本書紀』にもその名が記されるほど古くから知られ、江戸時代にはトキが身近な鳥だったため誰もが知る色でした。
地名・産地にちなむ色
08
江戸紫(えどむらさき)
青みの強い紫色です。歌舞伎の人気演目『助六由縁江戸桜』で、主人公が締める鉢巻きの色として知られます。京都で染めた赤みの紫「京紫」に対し、江戸で染めたこの紫は、江戸っ子たちの誇りを背負う色となりました。
09
弁柄色(べんがらいろ)
深みのある赤茶色です。酸化鉄を主成分とする顔料で、江戸時代にインドのベンガル地方から輸入されたことが名前の由来とされています。日光に強く熱にも耐えるため、建物の壁や瓦の塗料として長く使われてきました。
10
深川鼠(ふかがわねずみ)
青みがかった鼠色です。幕府が贅沢を禁じ着物の色を制限した江戸時代、贅沢を嫌った深川の芸者や若者たちに好まれたことが名前の由来です。「四十八茶百鼠」と呼ばれる渋い色のバリエーションのひとつとして定着しました。
染め方の工夫にちなむ色
残り2色は、染料そのものではなく「どう染めたか」が名前の由来になっています。
11
瓶覗(かめのぞき)
藍染めの中でもっとも薄い色です。藍の染料が入った瓶にほんの少し浸けただけ、瓶を覗き込んだだけのような淡さという意味で名付けられました。江戸時代、限られた色の中で染め加減の違いを楽しんだ庶民の工夫が生んだ色です。
12
一斤染(いっこんぞめ)
ごく淡い紅色です。紅花の花びらをわずか一斤(約600グラム)だけ使って絹一疋を染めたことが名前の由来です。濃い紅染めは高価で身分の高い人しか着られない禁色でしたが、この淡さなら誰でも身につけることが許されました。
由来を知ると、色の見え方が変わる
武将の陣羽織、歌舞伎役者の衣装、輸入された染料、天皇の好んだ花。伝統色の名前をたどっていくと、色そのものよりも、それを選び取った人たちの姿が見えてきます。
とくに「人物にちなむ色」が4色と多いのは、色そのものが人の評判や流行と強く結びついていたことの表れです。歌舞伎役者の衣装が流行を作り、剣術家の染物が江戸の町に広まる——伝統色の名前は、当時のポップカルチャーの記録でもあります。
💡 江戸時代には「四十八茶百鼠」と呼ばれるほど、茶色と鼠色だけでも無数のバリエーションが生まれました。贅沢を禁じられた庶民の、ささやかなおしゃれ心が生んだ豊かな色の世界です。
「染め方の工夫にちなむ色」が生まれた背景も見逃せません。江戸時代には奢侈禁止令によって鮮やかな色が制限され、庶民が着られる色の種類は限られていました。その中で「瓶覗」のような淡さの違いや、「一斤染」のような染料の使用量の違いに名前を付けて楽しんだのは、制約の中で工夫を凝らした庶民のささやかな抵抗でもあったのです。
参考文献
- 「日本書紀」. ——「鴇色」の由来となるトキの記述。
- 近世日本における個人名由来の色名の記録(吉岡直綱「憲法」・千利休「利休鼠」など). 各種色彩史資料を参照。
- 歌舞伎の演目『暫』『助六由縁江戸桜』. ——「団十郎茶」「江戸紫」の由来となる演目。