綾解き

雨の呼び名は400種類?
雨・風・雪の日本語13選と、その由来

よく語られる「400種類」という数字。
その出典を辿ってみると、意外なことが分かります。

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「400種類以上」の出典は辿れない

「日本語には、雨の呼び名が400種類以上ある」——そんな説明を見かけたことがあるかもしれません。日本人の自然に対する感性の豊かさを語るとき、よく引き合いに出される数字です。

ただ、この数字がどこから来たのかを辿ってみると、はっきりした出典に行き当たりません。どの記事も「一説によると」「〜と言われています」から始まり、誰が何を数えてこの数になったのかは書かれていないのです。

数の多さは、確かめようがありません。けれど確かなことがひとつあります。一つひとつの名前には、それが生まれた理由があるということです。

この記事では、雨・風・雪の名前を13語えらび、辞典の記述にあたってその由来を確かめました。

雨の名前

五月雨(さみだれ)
旧暦5月ごろに降り続く長雨=梅雨
「さ」は五月(早苗月)の「さ」、「みだれ」は水垂れ——水が垂れることを意味する、とされています。[1] 芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」の句で知られる言葉です。いまビジネスの場で使う「五月雨式に」は、この断続的に降り続くという性質から来た比喩です。
時雨(しぐれ)
晩秋から初冬の、降ってはやむ通り雨
『万葉集』にすでに用例があり、日本語のなかでもかなり古い言葉です。ただし——語源は分かっていません。「時に降る雨」だから「時雨」と説明されることがありますが、これは後から当てられた漢字の説明であって、「しぐれ」という音がどこから来たのかを説明したものではないのです。辞典も「未詳」としています。
小糠雨(こぬかあめ)
霧のように細かい雨
「糠」は米糠のこと。米を精米したときに出る、あの細かい粉です。米糠のように細かいという、そのままの比喩でした。音もなく静かに降るのが特徴です。
村雨(むらさめ)
強く降ってはすぐ止み、また降り出す雨
「村」の字が当てられていますが、これは当て字で、集落の村とは関係がありません。もとは「群(むら)」——むらがある、ひとしきり、という意味です。「むらがある」「ムラっ気」の「むら」と同じ言葉だと考えると分かりやすいかもしれません。
夕立(ゆうだち)
夏の夕方に降る、激しいにわか雨
これは動詞「夕立つ」が名詞になったものです。この「立つ」は、立ち上がるという意味ではなく、現象が現れるという意味の「立つ」。「風が立つ」「波が立つ」「霧が立つ」と同じ用法です。夕方に、天気が起こる。それが「夕立」でした。
💡 積乱雲が立ち上がる姿から、という説明も見かけますが、こちらは後から加わった解釈と考えられます。

風の名前

木枯らし(こがらし)
晩秋から初冬に吹く、冷たく強い北風
木を枯らす風、という意味です。実際に木を枯らすわけではありませんが、葉を吹き落として枝だけにしてしまう姿が、木が枯れたように見えることから名付けられました。「凩」という一文字の表記もあります。これは日本で作られた漢字(国字)で、「几(かぜがまえ)」のなかに「木」が入っています。
春一番(はるいちばん)
立春後に初めて吹く、強い南風
もとは漁師の言葉だったと伝えられています。長崎県の壱岐で、この時季の強い南風によって海難事故が起きたことから、警戒すべき風として「春一」「春一番」と呼ばれるようになった、という説が広く知られています。春の到来を喜ぶ言葉に聞こえますが、その出自は危険を知らせる言葉だったことになります。
やませ(山背)
夏に東北の太平洋側へ吹く、冷たい北東風
稲の生育を妨げ、古くから凶作の原因となってきました。名前は「山背」。ここでよく誤解されるのですが、山を背にして吹くという意味ではありません。「山の背を越えて」吹いてくる風、という意味です。「せ」は風を意味する語だとされています。[2]
野分(のわき)
秋に吹く暴風。台風の古称
野を分ける」——野原の草を分けるようにして吹き通っていく風、という意味でした。『枕草子』や『源氏物語』にすでに登場する言葉で、『源氏物語』五十四帖には「野分」という巻名もあります。ちなみに「台風」という言葉が使われるようになったのは明治以降です。千年のあいだ、日本人はあの風を「野を分ける風」と呼んでいました。
東風(こち)
春に東から吹く、やわらかい風
菅原道真の「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花」の歌で知られます。面白いのは、この言葉の成り立ちです。「こち」という音が先にあって、「東風」という漢字は後から当てられたもの。つまり最初から「東の風」を指す言葉として生まれたわけではないのです。幸田露伴は『音幻論』のなかで「小風(こち)」ではないかとしています。「ち」を、目に見えないが流れ働くものを指す音と見る説もあります。いずれも確定はしていません。

いまも「発表」されている風の名前

風の名前のなかには、古語のまま消えていったものだけでなく、いまも気象庁が正式に発表しているものがあります。「木枯らし1号」と「春一番」です。

意外なのは、木枯らし1号が発表されるのは東京地方と近畿地方だけだということ。全国的な発表ではありません。しかも条件はかなり細かく決まっています。東京地方の場合は、10月半ばから11月末までの間に、西高東低の冬型の気圧配置となり、風向が西北西から北、最大風速が毎秒8メートル以上——これらをすべて満たしたときにはじめて「木枯らし1号」と発表されます。[3]

近畿地方は期間が霜降(10月23日ごろ)から冬至(12月22日ごろ)までと異なり、大阪・神戸・京都・彦根・舞鶴・和歌山のいずれかの観測点で条件を満たすことが求められます。

一方、春一番のほうが報道での扱いが大きいのには理由があります。木枯らし1号が季節の変わり目を知らせる情報であるのに対し、春一番は暴風への警戒を呼びかける防災情報としての性格を持つからです。

💡 漁師が危険を知らせるために呼んだ言葉が、いまも同じ役割を果たしている。名前が数百年ぶんの意味を運んできた例と言えるかもしれません。

雪の名前

風花(かざはな)
晴れているのに、雪がちらちらと舞う現象
山に降った雪が上空の風に運ばれ、山を越えた反対側の、晴れた空から舞い落ちてくる。それが風花です。「風」に「花」と書きます。舞い落ちる雪片を、風に散る花びらに見立てた名前でした。現象そのものの説明と、名前の美しさが一致している、めずらしい言葉かもしれません。
細雪(ささめゆき)
細かく、まばらに降る雪
谷崎潤一郎の小説の題名としても知られます。「ささめ」は、「ささめごと(囁き事)」などにも見られる語素で、細かい・小さいを意味するものとみられます。ただし辞典も推定の形で記しており、断定はされていません。なお「ほそゆき」ではなく「ささめゆき」と読みます。
牡丹雪(ぼたんゆき)
結晶が結びついて、大きな塊になって降る雪
由来には二つの説があります。ひとつは、大きな雪片を牡丹の花びらに見立てたという説。もうひとつは、重たい雪が落ちる「ぼたぼた」という音から来たという説です。優雅な説と、身も蓋もない説。どちらが正しいのかは決着していません。

分かっていない言葉たち

ここまで13語を見てきて、気づくことがあります。

時雨・細雪・東風——この3語は、いずれも語源がはっきりしていません。辞典は「未詳」と書き、あるいは「〜か」と推定の形で記しています。

どれも古くから使われている、日本語のなかでも古い部類の言葉です。それだけ長く使われてきたのに、なぜその音が選ばれたのかは分からない。むしろ古すぎて分からなくなったと言うべきなのかもしれません。

インターネットで検索すると、これらの語にもきれいな由来が書かれていることがあります。けれど、辞典にあたると「未詳」と書いてある。説明がつかないことを、そのまま説明がつかないと書いてあるのは、実はとても誠実な態度です。

冒頭の「400種類」も同じです。数えた人がいないなら、数は分からない。それでいいのだと思います。

名前は、誰かが空を見た記録

こうして並べてみると、名前のつけ方にいくつかの型が見えてきます。

見立てた(小糠雨・風花・牡丹雪)——別のものになぞらえた
働きを言った(木枯らし・野分)——その風が何をするかで呼んだ
現れ方を言った(夕立・村雨)——どう起こるかで呼んだ
警戒した(春一番・やませ)——危険を知らせるために呼んだ

雨や風や雪に名前をつけたのは、それを毎日見ていた人たちです。米糠を見たことがある人が「小糠雨」と言い、船を出す人が「春一番」と言い、田を持つ人が「やませ」と言いました。

名前は、誰かがその空を見上げた記録なのだと思います。

💡 綾解きでは、こうした日本語の言葉が毎日一問ずつ出題されます。正解すると、その言葉にまつわる豆知識が表示されます。

参考文献

  1. 各語の語義・語源について、コトバンク(日本国語大辞典・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉ほか)の該当項目を参照.
  2. 「やませ」の語義について、日本国語大辞典の該当項目を参照.
  3. 木枯らし1号・春一番の発表基準について、気象庁の発表条件に関する解説を参照.
  4. 東風の語源に関する説について、幸田露伴『音幻論』への言及を参照.

※ 本記事で「説」「とされる」と記したものは、いずれも確定した定説ではありません。とくに時雨・細雪・東風の語源、および牡丹雪の由来には複数の説、または未詳とする記述があります。

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